Mum

夫の父が亡くなって、母、マムは一人暮らしになった。
一人暮らしは病気になった時に困る。特に年寄りは。
マムは元々とても細くて、体の強くない人だった。
病気になると外に出られない。買い物が出来ない。食べるものもなくなる。
食の細い人だったのが、ハムを1、2枚だけ。なんてこともあって、離れて住む私たちは死ぬほど心配した。
幸い隣の人がそれはそれはいい人たちで、マムは彼らのおかげで生き延びたと言っても、決して過言ではない。
父の存命中から老人ホームの申し込みをしていたが、医師がマムを優先的に入れるべきとして、入居が決まった。
住み慣れた家を離れることはショックだったに違いない。
私たちも実家に行き、夫の兄と弟も来て家の整理をした。
マムはそこに住む英国婦人会(English ladies club)の親しい友人を呼んで、好きなものをなんでも持って行って、と言ったけど、殆どは処分しなければならなかった。
老人ホームは介護付き(?)広いワンルームマンションという感じ。
車椅子でも使える広めのバスルーム、キッチンで自炊も出来る。(マムは3食ともホームにお願いした)
4人掛けのダイニングセットとソファのセット、ベッドとワードローブを入れた。(けっこう広い)
外にはバルコニーもあって、そこにもベンチを置いた。
完全に個人の自由が認められていて、ペットもOKだった。
引っ越しを済ませて、マムと私たちは3人でアイルランドに旅行した。
旅行の間は、私たちと一緒が嬉しいし、引っ越しのことも忘れられるからか、マムはとても楽しそうだった。
アイルランドの人たちも年寄りにとても優しくて。
マムは本当は私たちと暮らしたがっていたけれど、難しい。
マムは日本語を一言も話せない。(何年も習っていたけど)
友達もいないし、病気の時にお医者さんとコミュニケーションも出来ない。
入院しても、どこが悪いのか、何が欲しいのか、24時間ついていなくちゃ!
とても現実的でない。
かといって、あちらに私たちが行くことも、夫には仕事があるし、私の父もいるし、できなかった。
マムが老人ホームに入って、安心した。
独りでいたときの心配が無くなった。
私たちは年に1、2度ゲストルームに滞在して、マムと過ごした。
たまには短い旅行もした。
マムはいろんなことを忘れていくようになった。
特に話をする時に、単語が頭の中で見つけられなくなっていた。
言ってることはわかるけど、言いたいことが難しかった。
それでも私の手を取り、
”I got three. This is number four.”(マムは3人の息子がいる)
とてもうれしかった。
少しずつ、いろいろなことが難しくなっていった。
そして少しずつ、生きていくのがたいへんになっていった。
2003年の3月、アメリカがイラクに攻撃を始めた翌日、私たちは機上の人になった。
オランダのスキプホール空港に着くと、弟の奥さんが迎えに来ていた。
なんで?
”マムがストローク(脳卒中)で倒れた。今晩が山らしい。”
一晩、空港近くのホテルで休む予定をキャンセルし、電車に乗って3時間、老人ホームに向かった。
日本だったら、病院に運ばれて、点滴やいろんな計器を着けられている所だろうけど、マムは自分のベッドに寝ていた。
夜中、日付が変わって、息を引き取った。
ダッドが逝ってから10年後のことだった。
マムは待っていてくれたんだ。立ち会うことができた。
ダッドも私たちを待っていてくれて、ハートアタックで亡くなった。
ある意味、本当に幸運だった。
マムはダッドの写真にキスをしていた。
天国でまた一緒になれて、私の母とも会っただろう。
私はマムをとても愛していた。本当にかわいい人だった。
4人目になれて、幸せだった。

Comment

幸せな人生って?

幸せな人生って・・・・考えてしまいます。 モニターの前で涙が出ています。僕達の交際に厳しかった義母が病院に入院をしています。義父は毎日逢いに行っています。僕の母は心臓にペースメーカーを入れています。4回の脈動のうち3回は動きません! 父は毎日琵琶湖に釣りに遊びに行っています。 父は仕事の都合ととはいえ、結婚して、妻(母)を1000kmも離れたところに連れてきて、自由人です!
この記事を読んで人生の幸せってなんだろう?と考えました。 僕はある時期は言葉も喋れなく、杖を突いて歩いていました。視力も低下し 狭心症で、心臓カテーテルもしました。出張先で、救急車で運ばれ、虫垂炎で危うく、サヨナラでした。そんな思いを妻(妊娠中なのに電車に乗り毎日お見舞い)にさせて・・・人生の幸せってなんだろうと思います。
お母様が、お父様の写真にキスをされた・・・・もうここで泣いてしまいました。
生きるって事を真剣に考えてしまいました。

愛されている夫さんへ

泣かないでe-263
夫の両親はとても愛し合っていた夫婦でした。
マムは(たぶんお誕生日に贈られた)ダッドの手紙を小さな袋に入れて、首から下げていました。
“こんな男が、こんなに素晴らしい妻といられて、本当に幸せだ”という、愛の手紙でした。
Maverickさんは命の危機もあったのですね。
私も不妊治療中に腹膜炎を起こし、40℃を超える熱で緊急入院し、あちらに行きそうになったことがあります。
でも、そういうことがあると、更に愛が深まっちゃうようです。
奥様もそれは心配なさったと思いますが、いろんなことがあればこそ、そばにいてくれるだけでも幸せ。そう思っていらっしゃると思います。
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プロフィール

愛されている妻

Author:愛されている妻
イギリス人の夫と結婚して、28年目。
結婚したときは、想像してなかった。今でもこんなに幸せとは。
専業主婦で食べることが好き。旅行が好き。おしゃれが好き。猫が好き。夫が好き。
現在は猫いない生活中。
コメント大歓迎♪♪

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